スピリチュアルメッセージ;

高次元との対話

キリストとイエス

キリストエネルギーについて
救いの歴史
富士山遠隔のメッセージ
キリストエネルギーの解説メッセージ
神の新しい契約
 2008年7月の四国剣山での岩戸開きは、キリストエネルギーの解放のワークともいわれていました。
キリストエネルギー(愛と祝福)は、宇宙に満ちており、人間の中にも存在していると言われていますが、まだまだほとんど使われていないために、人間の魂のめざめが遅れていたそうです。
 弘法大師[空海]をはじめとする、光の担い手たちが守って来た封印を、解く時期がやって来ました。結界を解放し、宇宙からキリストエネルギーが十分にそそがれるようになると、地球のチャクラ・エネルギーグリッドの流れも良くなります。
そのさい、愛と光のエネルギーの受取り手(器)となる人間がたくさん必要になるわけです。
 その光の担い手となっていただくために、コスモス*エンジェル等の活動をとおして、何度かの遠隔ヒーリングも行って来ました。それは、お一人おひとりが、この壮大な宇宙のアセンションの物語のキャストとして、名を刻んでもらうというメッセージに基づくものなのです。
 参考文献として、遠藤周作の「イエスの生涯」はお勧めしたいと思います。
ちなみに、スピリチュアルとしてのイエスは、「サナンダ・クマラ」と呼ばれています。
「キリストエネルギ−メッセージ」を直接お読みになりたい場合は、→こちらから。

[キリストエネルギー]
 キリストエネルギーと言っても、私はどこかの団体や資料で学んだわけではないので、よその定義は知りません。
Angelartの桜*さゆりさんによると、「宇宙に満ちている愛のエネルギー」とのことで、どうやら…素粒子に含まれているいつもの「宇宙の究極の高次元のエネルギー」のことではないかと。それは、かつでは「許し」と呼ばれていましたが、今では「祝福」と呼んでいます。ここでは、あえて「キリストエネルギー」と呼ぶことにしました。
宇宙のエネルギー(素粒子含む)の持つ基本の振動数、本質の周波数
すべてのはじまりから存在する波動
神の愛そのもの
新しい約束、本当の約束
神の愛の証明
労をねぎらい、荷を下ろさせる賞讃
調和(協和)、和解、止みを解く光
許しのエネルギー
無条件の光
承認、受容、変化を許可する
人類の同伴者
喜びの波動
すべての素粒子にわたって、その存在意義を照らし出す光(情報)
足立育朗氏の「波動の法則」では、原子核の中性子には「意識」、陽子には「意志(愛)」が入っていると言われている。

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[キリストとイエス](2008.6.9)
 キリストエネルギーについて、ネット検索でもいろいろな説があるようですが、ここではあえて触れず。私が覚えているかぎりの情報を簡単に書くことにしました。
 私はキリスト教の洗礼を受けたことがあるので、それを一度受けると、教会を離れても魂はキリストと共にあると言われました。
本当かどうかは別として、ものごころついた時には「すべての闇を照らせ」というメッセージが来ていましたし、もともと自分はキリストエネルギーやルシフェルとも仲良しだったので、今回の人生では必然的に教会と出会うことになっていたと思います(解ります)。 
 イエス(ジーザス=ヨシュア)とキリストについて、私が知っていることを整理して、キリストエネルギーの本質を表現したいと思う。
このスピリチュアルな時代の日本では、当たり前に感じるかもしれないが、キリストエネルギーやキリスト意識が地球上で言葉になり、行いとして根付くには、人間イエスの存在が必要だったことはいうまでもない。
キリストとメシア(救世主)は同義語で、本来の意味は「香油を注がれて聖別された人」
古代ユダヤ国家(イスラエル)のヘブライ語ではメシア、ギリシア語でキリスト。
ヘブライ民族のさらに元になった種族によれば、本来の「救世主」は、「タエブ(もとに戻す人)」と呼ばれるという。
 イエスが存在していた当時の古代イスラエルでの「メシア=キリスト」の使われ方は「宗教や精神性を使った政治的民族革命家」であり、宗教的精神的指導者のようである。
 特に、イスラエルが軍事占領国家ローマから民族独立をするために、革命(暴動)の首謀者になってくれる人を表していた感がある。
・人間イエスについての情報
 死海のクムラン教団が保持していた古代の修行を学んだ。
おそらく、今で言う「引き寄せの法則」や瞑想方法も指導されている。
チャネラーでヒーラーはあったが、念力の使い手ではなかった(ユリゲラ−程度か?)。
聖書などに描かれたイエス像で一貫しているのは、誰にでも分け隔てなく関心(愛)を示したその姿勢。
貧しいものにも、病んだ者にも、特に誰からも愛されない(憎まれ見捨てられた)立場の者の所に率先して訪れた。
 聖書では数々の奇蹟の物語が華々しいが、奇跡を行ったり、病を治したという超能力的な話は、今でいうヒーリングを目撃した人の感動表現で、事実とは微妙に違うらしい。
というのも、遠藤周作の「イエスの生涯」によれば、物質的な世界で無力だからこそ、その自己犠牲が重い意味を持つ、ということなので。
 彼は、神の愛の伝導者であり、実践者。
聖書や民衆や信者が奇蹟の物語に重きをおけば置くほど、イエスの存在意義から離れていく。
重要なのは、彼が人間にできることを人間としてやってのけたこと。超能力者・超人がやったのでは、人間が自分の力で(自分と神とのつながりで)救われないことになる。さらに、目に見える見返りを期待したのでは、見えない世界の存在を伝えられない。 
 「人がその友のために自分の命を捨てるほど大きな愛はない」(ヨハネ福音書15-13)
家族や身内は、なんだかんだで自分に利となる場合もあるし、スピリチュアルな世界では魂のグループでもあるので。
 にもかかわらず、さらにイエスは、自分を裏切って十字架刑に至らしめた者達のためにも祈った。
 教えのとおりに、敵のために祈った。自分に唾を吐く人間のために祈った。
彼らの罪(宇宙の法則が解っていないだけ、神の存在を体験していないだけだということ)を許すと言い、神様に取りなした。聖書には隠されている記述で、それが表現されている。(高次元のエネルギ−と繋がっていないから、波動高く自己実現のできない、恐れの状態を認め、彼らがより幸せな人生を送れるように、宇宙に引き寄せのオーダーを祈った)
 人間はエネルギーが足りないと悪い行いをする。奪おうとする。波動が下がって神の声が聞こえない。そのことを学んでいたから、祈ってエネルギーが届くようにした。
 そして、死に際して最期は神への賞賛の歌(詩編22「神よ神よ、何故私を見捨てるのですか…」という言葉で始まり、最後に「私は神の名を告げて…人々の中で、あなたを誉め讃えます」と言う、賛美の詩)を唱えた。これは普通の人間にできることではなかった。
少なくとも、民衆はそんな人間がいるとは知らなかったし、見たこともなかった。
 普通の人間、普通の予言者、それまでの宗教指導者たちは、自分の最後に必ず遺言を残し、裏切り者へは呪詛(神の罰を求める)のが当たり前だったから。 しかし、イエスだけは違っていた。
裏切り者(この場合、自分の弟子ペテロ達も入っていた)の救いを神に願った。
---「まこと、この人は神の子なり」と弟子達に言わしめたこの行為(許し)は、どんな奇蹟のエピソードより、弟子達にとって信じがたいものだった。 聖書では英雄のように書かれているが、実際はもっともみじめな死に方をしていた(選んでいた)。それによって、神の栄光を示していたので、聖書では英雄に描かれている…ともいえる。
 どんなに苦しくても、苦しいときだからこそ、神に感謝を祈ることが必要だと…神(宇宙)にゆだねることが必要だと、今でいう「引き寄せの法則」や宇宙の法則を知っていたからこそ、それを伝え続けた。
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 革命のリーダーにされそうになって拒否したが、それはユダヤ人が本当に必要としているものではなかったから。ユダヤ人が無意識に欲しがっていたものではあったが…。
いつの時代もそうなのだ。ユダヤ人達が反乱を起こしても、軍事国家ローマの兵士に滅ぼされ、かえってさらに民族的憎しみと罪悪感を強めて行っただろう。罪悪感の中にいる者は、永遠に罪悪感の火で焼かれることになる
 日本で精神革命を起こそうとしても、争いになれば、宗教団体や国家警察が介入して、結果的に「ああ、やっぱり無理なんだ」という絶望感にすり替えられてしまうようなもの。
 暴力や暴力的な行動では、愛と平和は創れない。波動が違うからだ。それを学んでいたイエスキリストは、徹底して愛を表現して行った。
愛とは何か、神の愛とは何か、を実践して行った。
 神を感じられない人のために、心の弱い人のために、同伴者となり、神がわれわれを賞賛(祝福)していることを伝え、宇宙の波動の法則を伝え。
光の及ばない隅っこに、目を届かせて光をもたらした。 それだけだった。
 当時のユダヤ民族も我々も、必要としているのは「自由・愛・平和」だが、欲しがっているのは(潜在意識がオーダーしているのは)戦って死んでさらに憎しみの連鎖を続けること-になってしまっていた。イエスは、欲しがっているものを与えるのではなく、本当に必要なものを与えようとしていた。この地球にもたらそうとしていた。
 罰する神による悔い改めではなく、許す神による悔恨の涙。 恐怖は怨恨を助長する。「罰するユダヤの神」による恐怖で悔い改めたのでは、さらなる恐怖の支配者を呼び込むことになり、そのエネルギ−が引き寄せとなって、また武力で侵略されることになる。
 許す神による悔恨の涙なら、否定的観念が浄化され、固定観念のフィルタが外れれば、もっと高い次元との対話ができるようになる(平和を引き寄せる)。イエスは本気で人類を愛していたから、陰謀者(波動の落ちたイルミナティ)の誘惑も拒否して、愛の手本を見せることに徹した。
人間イエスのイメージとしては、映画「ブラザーサン・シスタームーン」の主人公でもある聖フランチェスコが参考になると思います。

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[救いの情報/キリストエネルギーの歴史](2008.6.9)
 イエスより500〜600年前、ユダヤ教やブッダの仏教が興った時代、地球に「神の愛」についてのエネルギーがやって来ていた。
 人間の中の罪悪感が、それを歪めてしまったが…一部はイルミナティ系(闇の低構成力?)の策謀でもあるのでしかたがない。しかし、彼らも役割りなので、今はイエスがしたように、陰謀者達も救ってやらねばならない。
 イエスがキリストとしてどうしても伝えたかったこと。それは、神が我々を許しているのだということ。神という呼び方が馴染まない人は、「宇宙」とか「始まりのエネルギー」とか…とにかく呼び方は何でもいい。
 この世界は、なんだかんだ言っても、「祝福」されて造り出された。この次元の世界は、幻だとか神のヒマつぶしだとか修行だとか罰だとか学びの場だとか…いろいろな使い方ができるけれど、言ってしまえば巨大なテーマパーク(ドリームランド)なので。
 宇宙の中心の神的エネルギ−は、人格神ではないが、あえてセリフでいうなら…自分がビッグバンで大爆発して創り出したこの宇宙を「なんて素晴らしいものを創ったんだー!!♪」と思っていると言える。それを「祝福」と呼ぶ。
人類の歴史は、すべて「魂のチャレンジ」と言われる。
愛そのもののエネルギ−である「魂」が、肉体という制限された世界に来て、怒りや憎しみなどの愛と反対の感情を味わったりする、そんなチャレンジを「祝福」している。
 そして、宇宙の中心のエネルギー(神)は、様々な次元と繋がっている。向うのエネルギーとこちらのエネルギーは繋がっていて、影響しあっていて、テレビ受信機のようにパワーの強い方が現れている。
 地球なら地球の人類がやりたいと思っていることが、物質化することを許可している。
この世界が温暖化でピンチ?というのも、我々人類が選択したことが許可されているだけなので、もちろん選び直すことも可能。そういった情報が光として地球上に何度もやって来ていた。
なのに、そのたびに…波動の低い地球人が拒否したり、プレアデス星人の罪悪感のせいで歪められたり、最後はイルミナティのせいで(笑)、人間と神の愛は切り離されてしまった。「何かあると、神が罰する」という情報にすり替えられ、洗脳(マインドコントロール)された。
 「自分が与えたものが返って来る」という法則があっただけで、神の罰はなかった。むしろ神は我々のすぐ隣で守ってくれていた。
 そのことを伝えに、イエスはやって来た。どうしても人類にそのことを伝えなければならない、そのためにやって来た。
それが「預言者」という役割り。
神と人間との仲介者。 アダムとイブに罪があったなどという言いがかりに対して、それを否定するために、正面から「それは違う」と反対するのではなく、神の愛を実践することで許しを教えた。
 ちなみに、アダムとイヴの「原罪」というのは、もともと神様と「木の実を食べてはいけない」という約束をしていたのはアダムだけで、イヴには制約はなかったのに、アダムは神様に正直にならず「イヴが誘惑したからだ」と言ったということで、「自分の責任を負わず、誰か(他者)のせいにした」ことが、人類(男性)の原罪だという説がある。
これは重大なことで、誰かのせいにすると、「引き寄せ」をしても受け取れなくなってしまうので、いつまでたっても豊かに幸せになれない…ということになるからだ。これが、「楽園を追放された」という意味。
 --ここで一つ、イエスの代わりに注意事項を伝えておきたい。
納得できなければ、それでよい。ただ、どこかに書いて残しておかなければならないので。
 自己犠牲は憎しみをよぶので、もうやらなくてよい。
 生け贄は、罪悪感をよび、感覚をマヒさせ、無責任な人をつくる。
 たった一人でももうイエスが実践したので、またやる必要はない。
人がその友のために自分の命を捨てるほど大きな愛はない(ヨハネ福音書15-13)に基づいているが、厳密に言うと、イエスの行いは自己犠牲ではない。(逆に厳密な、もっとも正しい自己犠牲かもしれない)
 宇宙的視野で、自分と他を区別しない見方をした時、区別できなくなったとき、我々はゼロ地点 (十字架の中心)にいるということ。彼はそのことを学んでいたが、どうやって実践するのかを追求して生きていた。
別な言い方をすると、自己犠牲とは;誰かのために命を捧げる(死ぬ)ということではなく、すべてのために命を捧げる(生きる)ということだそうだ。宇宙がすべて自分である、と知っているからできることでもある。
右腕が痛かったら、左腕で倍の荷物を持ってあげるようなものだ。
 愛や感謝に基づいていないと、よくやってしまいがちな、「身代わり」とか「独善的な行為」になりやすい。
---ちなみに、ルシフェルはさらにイエスの上を行く神の愛の表現者だ。もっとも敬愛する神に裏切り者だと思われる立場を選んだのだから。
…どちらも神(愛)を信じていなければ出来ない行為。

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[遠隔ヒーリングでのメッセージ](2008.9.9)
 富士山山頂ワークで、キリストエネルギーを降ろした時のメッセージです。
なんか…ありきたりで、よくスピリチュアル本に書いてあるような内容で
がっかりかもしれませんが…(笑)。
 やって来たエネルギーの波を言葉に変換しているので、
リズムや雰囲気を感じてもらえればと思います。
メッセージが長いというのは、情報量が多く、エネルギー量が多いということでもあります。
 下には、このメッセージの解説として分かりやすい言葉に変えて書いてますので、
そちらもお読みください。
.
 やさしい柔らかなまなざしが見え、白い大きな光の中に色とりどりの周波数が輝く中に、
たくさんの次元が見え、たくさんの宇宙が見え…
ふりそそぐ光として、神(宇宙)からの新しい約束のメッセージがやって来ました。
十字架のキリストエネルギーは「神のまったく新しい契約」(剣の秘文)と呼ばれていました。
神なる母 聖なる大地。神なる父 聖なる大地
ちちなるはは。ははなるちち
聖なる豊さ
この地は祝福されています
この大地は祝福されています
神の祝福、宇宙の祝福がやってきています
地球の全てのみなさま、すべての存在、すべての苦しみ
それらがあってはじめて
この世界は成りたってきたのです
今こそそれら全てが許されるときがやって参りました
祝福されるときがやって参りました
あなた方の苦労は全て報いられるでしょう
報いられなければなりません
この地球上の全てが魂に目覚めるよう許可することを宣言致します
あなたたがたはすべてゆるされています
全て素晴らしい存在です
これが宇宙のゆるし
これが宇宙の愛
神はちち、神は母
神の怒りはありません
もうすべて許されました
神によって祝福されました
私たちは祝福されています
わたしたちの苦労は報いられます
わたしたちは成長のためにここにやって参りました
新たなる成長がはじまります
新たなる進化が始まります
すべてはゆるされています
われわれの選択だからです
われわれは新たな選択をするためにやって参りました
闇は光でできている 振動数でできている
全ての次元
全ての空間においてなされて来たことが
全て意味をなしつながります

パズルのように 
そして私たちはまた一歩ずつ進化して行くのです
これは進化の過程に過ぎません
苦しみは進化の過程なのです
それらをすべて我々は私たちはゆるしてきました
私たちは許しの存在なのです
私たちは許しつづける存在なのです
あなたがたはその一歩一歩を感じ続けることによって
わたしたちはさらに一歩一歩すすんで行くことになるのです

これが永遠のあゆみです
永遠なる歩みです
さらなる進化です
あなた方は全てをゆるしつづけています
母なる神と同じです
くるしみはすべて癒されます
祝福されているのです
もはや苦しみは苦しみとしてではなく
母なる愛の対象として祝福されています

あなたがたの一つひとつの努力 実験 挑戦それらすべてが祝福されています
あなたがたは自分を神の分身一部だと思っているかもしれません
しかしそれは違います
あなたがたは神そのものなのです
なぜなら神には大きさがないからです
神は山であり谷であり 神は大自然であり宇宙であり
そして細胞の一つひとつであり
そしてまた大いなる人間という存在そのものなのです
これらすべてが神と重なり
神そのものなのです
愛のたまものなのです
いまわからなくともこの言葉を聞き
この意味を考え続けて下さい 感じ続けてください

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[キリストエネルギーの解説メッセージ](2008.9.9)
 個人的には、こちら↓の文章風メッセージの方が好みです。富士山頂では、アマテラスの太陽神エネルギーも来ていたので、とても調和の取れた(協和した)エネルギーでした。
波動をそのまま言葉に変換すると、紋切り型や文語体になりやすいのですが、それだと(個人的に)高次元のフレンドリーなしなやかさが感じられないので、あらためて受け取った解説メッセージです。
 解る人には、納得だと思いますが、これを表現するのには勇気が要ります。大多数の宗教観とは違うからです。今までの預言者たちは、「神の許し」を伝えようとして、闇に葬られて来たのですから。
しかし、2008年末の浄化のときを迎え、どうしてもどこかに書き残す必要があるということで、誰か一人でも志のある人間に伝わればと思いました。
 やさしい柔らかなまなざしが見え、白い大きな光の中に色とりどりの周波数が輝く中に、たくさんの次元が見え、たくさんの宇宙が見え…
ふりそそぐ光として、神(宇宙)からの新しい約束のメッセージがやって来ました。十字架のキリストエネルギーは「神のまったく新しい契約」と呼ばれていました---
 それは、もともと人間が受け取るべきエネルギーでした。魂が最初から知っていたはずの約束でした。
今まで隠されてきたことも、学びの一つ、挑戦(チャレンジ)のひとつですが、これ以上、受け取ることを遅らせるわけにはいかないでしょう。
 あなたがたの宝物なのですから。
アダムとイブの伝説は忘れてください。(情報制限によって)書き換えられた神話など、もう必要ないからです。
あなたがたは、真実の宇宙の神話を知っています。それを思い出す時がやって来ました。
思い出す勇気はありますか?
覚悟はできましたか?
 神なる母、聖なる大地。神なる父、聖なる大地。
あなた方の苦労は全て報いられるでしょう。報いられなければなりません。
神(宇宙・根源)の祝福がやって来ています。あなたがたは全て許されています。すべて素晴らしい存在です。
 地球のすべての存在、すべての苦しみ、それらがあってはじめて、この世界は成り立って来たのです。
今こそそれら全てが許されるときがやって参りました。祝福されるときがやって参りました。
 この大地は祝福されています。神の怒りはありません。
もうすべて許されました(すでに許されています)。神によって祝福されました。わたしたちは(最初から)祝福されています。
私たちの今までの苦労は報いられます。わたしたちは成長のためにここにやって参りました。
 新たなる進化が始まります。すべては許されています(許可されています)。われわれの選択だからです
われわれは新たな選択をするためにやって参りました。すべての次元、すべての空間において成されて来たことが、すべて意味をなし、繋がります。
 パズルのように。
そしてわたしたちはまた一歩ずつ進化して行くのです。
これはひとつの進化の過程です(挑戦です)。苦しみは進化の過程なのです。
それらを全て、われわれはわたしたちは赦してきました。わたしたちは許しの存在なのです。わたしたちは許しつづける存在なのです。
 あなたがたはその一歩一歩を感じ続けることによって。わたしたちはさらに一歩一歩すすんでいくことになるのです。
これが永遠のあゆみです。永遠なるあゆみです。さらなる進化です。
 あなた方は全てをゆるしつづけています。母なる神と同じです。
苦しみはすべて癒されます。祝福されているのです(もともと祝福されているからです)。
(いつでも、よくがんばったね、偉いね。と言われています)
もはや苦しみは苦しみとしてではなく。母なる愛の対象(チャレンジ)として祝福されています。
 あなたがたの一つひとつの挑戦(努力・実験・学び)。それらすべてが祝福されています。
たとえ、どんなに苦しい経験をして来たとしても、過去のどの次元でそれが為されたとしても、すべては…宇宙の中心では、祝福されていたのです。
 あなたがたは自分を神の分身、神の一部だと思っているかもしれません。しかしそれは違います。あなたがたは神そのものなのです。
神の一部ではありません。そのものです。 なぜなら神には大きさがないからです。
 神は、山であり谷であり、神は大自然であり宇宙であり、そして細胞の一つひとつであり、そしてまた大いなる人間という存在そのものなのです。
これらすべてが神と重なり。神そのものなのです。宇宙の愛のたまものなのです。
(「愛のたまもの」=「愛の魂もの」=愛によってできているもの。愛そのもの。愛という意図によって作られた世界、存在。愛を賜わった存在。などなど)
そのことを忘れないように。
いま解らなくともこの言葉を聞き、この意味を考え続けてください。この意味を感じ続けてください。
 闇は光でできている。振動数でできている。
この地球上のすべてが魂に目覚めるよう許可することを宣言致します。

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[神の新しい契約](2008.7.9)12.24編集直し
 四国ワークで「剣の秘文(神の新しい契約)」のメッセージを受け取ったあと、富士山頂ワークで「キリストエネルギ−メッセージ」を受け取った。しかし、当時はそれを発表するというリスクを負うのが負担だった。
分かる人には当たり前のことでも、古い価値観や恐れを持った人々には、危険に感じるかもしれない内容だったので。
 とはいえ、「どこかで誰かがどうしても知りたいと言ったら、メッセージを伝える」という約束をしているし、生まれ変わった自分が辿り着くかもしれないので(笑)、そういう時のために書いておくことにした。
 【注意事項】このメッセージは…たくさん悩んでいっぱい考えた人が読んでください。先に答えを知っても、人生が空しくなってしまうかもしれないので。この情報は、覚悟を決めて、コミットメントしたら、必ず最後まで読んでください。
傷つくかもしれないと思ったら、この場で読むのをやめてください。私は、あなたを傷つける意図は微塵もありませんので、ご安心ください。
 自分の責任において、対処できないと思ったら画面を消しても良いです。必要な人だけ、読んでいただきたいと思います。
 古代ユダヤの失われた聖櫃(アーク)が、四国の剣山の宝蔵石の下に封印されたという伝説がありました。
アークの中には、聖書に書かれているようなものではない、「まったく新しい神の契約」が入っているという伝説です。
 四国ワークでは、国造りの「おのころの儀式」のあと、その宝蔵石の封印を解いて、アークのエネルギーを取り戻すことになっていました。
「キリストエネルギーの解放」というメッセージを聞きましたが、それは私(VIRTUES)にとっては「解放の許可を出す」ということでもあります。
 そこで、そのとき受け取ったアークのエネルギーを読んで、それをメッセージとして書きしるすことにします。
松居桃樓師が、著書「消えたイスラエル十部族」のはじめに書いていた、ユダヤ教・キリスト教の「まったく新しい神の契約」というのは、本来、ユダヤ教(今から3000年〜2600年前)よりもっと以前に「宇宙の高次元からもたらされた、祝福のメッセージ」のことでした。
 地球の人類は、(仮称)惑星マルディック・レムリア・ムー・アトランティス…と、数々の実験をくり返して来ました。(約15万年〜3万5千年前)
そのもっと以前には、銀河でもいろいろな「進化の実験」がくり返されて来ました。たくさんの本や情報があるかと思いますが。地球は、それまでの銀河の実験を集めて、さらに高度なチャレンジ(挑戦)をするために選ばれました。地球の次元は、さまざまな記録を保存するデジタル図書館でもあります。
 実は、銀河での実験では、一つの銀河が崩壊(消滅)するというかなり悲惨な結果を招いたために、銀河全体の波動が下がってしまい光が届きにくくなったので、それが拡散しないように「記憶の封印」がなされました。
 その後、またあらたな実験が試されましたが、この銀河では「記憶の封印」があるために十分な情報が得られず、その結果、さらに失敗をくり返す状態になっていました。しかし、西暦1988年〜2005年には最終的な「銀河の許し」が成されて、記憶を取り戻すことが許可されました。
 数万年前からの地球での実験(ムーやアトランティス)も、数々の悲惨な結果を招きましたが、そのつど、宇宙の中心の(神的)エネルギーからサポートメッセージを受けていて(エネルギーがやって来て)、それが「預言者たち」の口を通じて、伝えられていたのです。
「あなたがたは、見守られている。祝福されているよ」という言葉で。
 宇宙からは、地球に代表的な5種類の宇宙存在(宇宙人)がやって来て、さまざまな人種を創ったので、それを五色人(五色神)と呼んだという話もあります。
 「アダムとイヴの原罪」の話は、一種の呪か封印のような意味がありますが、
もともとは、宇宙人が「人類」であるアダムを創ったけれど、肉体を持ったとたんに(物質化の運命でもありますが)波動が下がり、エネルギ−が届かなくなったため、イヴの肉体を創ってそこに「子宮」というアンテナを置き、高次元や宇宙からのメッセージ(エネルギ−)を受信できるようにした…というメッセージもあります。
 しかし、男性が高次元との約束をやぶり、それを女神(イヴ)のせいにしたことで、完全にエネルギ−が受け取れなくなって、楽園の波動から遠ざかり(失楽園)、地上をさまようことになったわけです。
残念なのは、そのために欧米の男性は、女性が受信している高次元からのメッセージを受け取れなくなってしまったことです。日本では、巫女である女性がトランスでメッセージを受け取り、男性(神主やサニワ)に伝える歴史が残っています。
 歴史上では12500年前のエジプトに古代文明人のメッセージが断片的に残され、7000年前のメソポタミア文明の前には、中東のポータルを通してやって来た宇宙存在たちに悪用(というか、恐れによる誤用)されそうになり、5000年前に古代エジプトから脱出したモーゼ(ラー・モーセ=ラムセス=神の子供)がその(宇宙からの)メッセージを受け取った時、それを石に刻んでアーク「聖櫃=方舟」に封印しました。それは、まだ人類・民衆には理解できないと知ったからだそうです。
 これが、記録上いちばんはじめの、神(宇宙)との約束「旧約」になりました。(「旧約聖書」とは、古い約束という意味です)
 しかし、中東(メソポタミア)のポータルを通してやって来た宇宙存在たちは、地球人を支配するために「旧約聖書」を書き換えてしまったのです。ヒッタイト系アッシリア人(アーリア人)と呼ばれるエイリアンたちは、地球の人類が無邪気に進化する行程が羨ましかったそうです。と、同時に、地球人類を愛してもいました。それで、関わりあいを持とうとしたようです。
 もともと「旧約」は「聖書(本)」にはなっていなかったのですから、実際「聖書」として編纂されたのは、2300年前新バピロニア時代以降です。
 約、400〜600年ごとに、地球には銀河からのサポートがやって来ます。
日本では12000年前縄文文化の時代に、アジア大陸ではミタンニ国のミトラ神(マイトレーヤ)に、そしてチベットでもメッセージが降ろされましたが、ことごとく途中で「封印」…せざるをえなかったようです。
 2600年前には、釈迦如来としてシャカ族のシッダールタ(仏陀)がメッセージを受け取ったり、その後もたくさんの預言者たちが出て来ます。そして、その500年後には、イエス・キリスト(サナンダ・クマラ)が、預言者として現れました。
 そうしてまた、アークに封印された本当のメッセージである「約束」を、理解できる人にだけ伝えたのです。もちろん、それはまだまだ人類には理解し得ない内容でしたが、以前よりも多く「神の許し」が描かれるようになっていました。イエス(ヨシュア)がもたらしたメッセージは、“神の新しい契約”として「新約」と呼ばれています。
「新約聖書」には、大事な部分は伏せられていますが。暗号は「神」や「悪魔」を突きつめて追求していけば、おのずと気がつくようになっていると思います。
 やはり「新約聖書」もイエスの死後、政治の影響によって書き換えられています。「死人に口無し」で、イエスの言葉として書かれていることよりも、他の人物の手紙文の方が多いのですから。
「新約」も、フリーメーソンから派生したイルミナティによって、人間に「原罪」を持たせるために改ざんされていますが、それは失われた女性原理のいきさつを伝えるためだったようです。
イエスの死後、女性原理や女神(巫女)としての女性の役割りが封印されてしまった時代と、中世ヨーロッパで魔女狩りが行われた時代に、女性の巫女としての能力(人類をサポートするためのチャネリング能力)が封印されています。
 女性は、子宮がアンテナになって、高次元のエネルギ−や大地(地球)のエネルギ−を受け取り、メッセージとして伝える能力があります。脳の作りも、(男性に比べて)素粒子を見る右脳とそれを理解する左脳との連動が良いので、霊的な世界を見る能力が高いのでした。
キリスト者が伝えきれない情報でも、使徒や伝道者たちは、彼らなりに神理を追究して伝えていたようです。実際に、聖書の教えには、実生活で役立つ情報がたくさん入っていました。神(宇宙)のメッセージというのは、ひと言でもたくさんの情報が入っているものです。
 が、「本当の約束」が封印されたことで、キリスト教徒や伝道師たちの目は塞がれていました。情報が制限されたために、波動が下がっていたからです。
情報が制限されるということは、光が少ないという状態ですから、エネルギーが滞り、高い周波数を保てなくなるのです。
 そのために、さらに試行錯誤の実験がくり返され、戦争などの悲惨な体験を繰り返し、さらに波動を下げる、という悪循環(マイナススパイラル)に陥っています。
「まったく新しい神の契約」というのは、ちょっと男性的な言い方で、もっと的確に表現しようとすると「神(宇宙の中心との繋がり)から来るエネルギーの本来の約束(メッセージ)」であり「神の本来の約束」と言えます。ここでは、それらをすべて同じ意味合いで使いますので、誤解のないようにしてください。
というのも、「契約」という言い方をするのは、わりと「闇系」の存在が使う言葉なので(笑)。
さて前置きはこれくらいにして、
「神の本来の約束」「まったく新しい神の契約」とはなにか?というと、それは、祝福のエネルギーです。
私たち人類が、いつでも祝福されているということを伝えるメッセージです。
 それを言うと、悔しがる人がいます。神さまは、嫌な人にバチを当ててくれると信じて、それを救いとしている人々です。
日本人にはピンと来ないかもしれませんが、まだまだ海外では古い固定観念で「神」を定義している民族がたくさんいます。ここでは、キリスト教をメインに語っていますが…(実際には、キリスト教以外の海外の宗教の方が、制限が強いようです)
自然崇拝をはじめ、宗教での「神」と呼ばれるものは、ほとんど同じ「宇宙のエネルギー」を別な側面から見ている状態なのですが、そんなことは教義で教えませんから(教祖が知らないので)「神を語ること」は“温厚な教徒”以外の民衆を敵に回すことにもなります。
 神の祝福のエネルギー(メッセージ)とは何でしょうか?
それは、宇宙が始まってからこのかた、ただの一度たりとも、神様は人間を叱ったり怒ったり懲らしめたり見捨てたりはしていないということです。(ときどき心配したり、こちらが「叱ってくれ」とオーダーした時はやってくれますが)
「自分が投げたボールが返って来る」という(因果応報・自業自得の「引き寄せ」の)法則もありますが…神(高次元)が、我々を意図的に滅ぼしたことはありません。どんな犯罪人に対してもです。
なぜなら、宇宙では「罪」とか「被害者」という傲慢な考えはないからです。
 神(宇宙)からのエネルギー・波動を何とか言語で表現すると(メッセージにすると)「なんて素晴らしいのだろう!」の一言に尽きます。この物質界(素粒子の世界)を「なんて素晴らしいものを創ったんだろう♪」と賞賛し続けています。人類のことを、神の細胞一粒ひとつぶのように、きらめかせて、愛おしんでいます。
 わたしたち(人間)は、チャレンジのために存在しています。いろいろなことを試しながら、さらに進化・変化し続けていきます。
進化や変化のために、学びを必要とすれば、光の存在であるわたしたちの中の誰かが「悪役」や「犯罪者」を演じてくれるのです。
敵と味方は、神の右手と左手のようなものです。
 それで、私たちは高い波動を保つために「必要なもの」と「必要でないもの」を選ぶことができます。(これを責任もって選択しないと、犯罪を野放しにすることになります。それによって「犯罪大好き」という波動を宇宙に送ることになりますから、要注意です)
 たくさんの実験がなされ、人類が思った結果を出せずにがっかりすると、必ず神様は「よく挑戦した。すばらしい」と言ってくれます(通常はメッセージとしてではなく、エネルギーとしてそれがやって来ます)。それで、新たに進むべき道を選択し直すことができるのです。
しかし、疲れてこちらの波動が下がっていると、直接その「賞賛のエネルギー(メッセージ)」が受け取れません。波動(周波数)がズレているので、キャッチできないのです。
それは、ラジオの周波数とアンテナ数値がズレてしまって、聞き取れないようなものです。
 預言者たち、聖者たち、(今ではスピリチュアル・ライトワーカーたち)は、波動が下がってメッセージが受け取れなくなってしまった人間の代わりに、神(宇宙)のメッセージ(エネルギー)を伝えるためにいたはずです。かれらが「仲介者」と呼ばれるゆえんです。
 学びが早ければ、犯罪者も戦争も必要ありません。
しかし、「神(宇宙)が我々を祝福している」ということを知らないと、反省がついつい適切な対処策を見出せず、批判になり、罪悪感を生み、さらに波動を下げるので、人間が萎縮してしまって、本来の魂が輝くような活動ができなくなります。
 世界中のほとんどの人々(80〜90%)は、この状態で生きています。罪悪感と恐れの波動の中にいます。
犯罪が無くならないのも、人々が調和(協和)の行いに向き合えないのも、根底の罪悪感でインナーチャイルドが傷ついて、セルフイメージ(自己評価)が下がってしまっているからです。(愛の家族はいますが、地球規模のつながりがないのだそうです)
どうすれば互いに幸せになれるのか、為すべきことを知っていても、できず。やってはいけないことを知っていても、やってしまう。それは、インナーチャイルドの問題から来ますが、そのさらに根底にあるのは、普遍的になっている罪悪感(否定的な自己批判イメージ)が原因なのでした。

 これは、銀河のインナーチャイルドも同じです。実験で思う結果が出せなかった時から。地球全体のインナーチャイルドも傷ついているのです。
陰謀者と呼ばれる、古い価値観の抵抗勢力や女神を見失ったイルミナティや、人類を支配したがっているような存在たちにとっては、そこを責めれば人間をコントロールすることができるので、「神の祝福」は決して明かしてはならない「秘密(シークレット)」とされていました。
 しかし、この陰謀者たちでさえ、宇宙的な役割があります。われわれ人類を追い込むことによって、鍛え、宇宙の真理を求めるように仕向ける役割です。時に、敵として立ちはだかり、それによって「何が本当に大事なのか」を学ばせてくれます。
また、場合によっては「敵」として倒される役(殴られる役)も負ってくれます。(仮面ライダーを演じたかったら、ショッカーが必要という感じで)
 だから、光の戦士たちは堂々と戦って良いのです。特に、この時代には、かれらの陰謀が暴かれることによって、ひとり一人の意識が高まり、アセンションのためのリスクをどんどん減らすことができます。
そして、この場合の「光と闇の戦い」というのは、これまでのエネルギ−の奪い合いではなく、光が闇にエネルギ−を与える戦いになります。
 ルシフェル(ルシファー)は、もともと光の天使でしたが、人類が肉体を持つと(物質次元にフォーカスしていると)、どんどん波動が下がって光から離れていくことを知っていたので、どん底まで波動が下がったときの人間を救うために、先に闇で待機する役を担いました。
波動の下がった人間は、正しい情報(じゅうぶんな情報)を受け取ることができないので、貧しくなり、憎みあったりして、傷つけあいますが、それらもすべて「挑戦」だったという真実を、忘れたままになってしまうからです。
 陰謀者の存在は、役割として一時的に宇宙で認められていますが、許してはならないのです。許さないことのために、存在してくれています。だから、かれらも宇宙から祝福されているのです。
 「神の本来の約束」「まったく新しい神の契約」が明らかにされ、「神の祝福」という福音(グッドニュース)が地球全体に伝えられればそれでいいのですが、まだまだ80%の人類を失望させ、混乱させてしまうメッセージでもあります。
「この世界は意味がある」と少しだけ解ってくると、光を感じて幸せですが。知らない方が冒険に没頭できるのですから、すべてを知ってしまうと人生がつまらなくなる可能性があります。
 「神の祝福」が理解できる人は幸いです。ここでこのメッセージを読み、情報を理解(実感)できた人は、たんなる「光の担い手」ではなく「光への導き手」となる可能性があるからです。
 すべては、実験でした。すべては、挑戦でした。誰も、ないがしろにされていません。
誰も、罰を受けてはいません。はじめから、罪など存在していません。
[地獄]のような波動のスペース(場所)も、この無限の宇宙にはクリエイトすることはできますが、魂に返ってしまえば「祝福」されます。
 地球で息をしているだけでも、祝福されています。自分で責任を負うかぎり、すべて許されています。
だから、自殺は罪ではないけれど、自殺などという凄ーくもったいないことをする必要もまったくないのです。
殺人も責任選択ですが、死者の人生と自分の人生を充実させる という、そんな払いきれない大きなリスクを負う必要など全くないのです。
 たんに、それだけです。「やってはいけない」のではなかったのです。「そんなこと、何度もする必要ない」ことをしていただけなのです。
誰かが、宇宙のどこかで一度やっていれば、そしてその記録が残っていればそこ(アカシック・レコード)にアクセスするだけで良かったことなのに、魂の記憶を失ったために何度もくり返して経験することになったのです(その最たるものが「戦争」です)。
 「絶対信頼」、「神の祝福」を忘れた(失った)せいで、罪悪感のせいで「魂を感じられなくなった」ために、何度も(同じ所をぐるぐる回るような)同じ経験をしてしまっただけなのです。しかし、それですら、宇宙の大切な(貴重な)経験・挑戦でした。
だから、神(高次元)は言います。
「残念だったね」ではなく、「何やってるんだ」ではなく、「人間というのはどうしようもない」ではなく、
ただ、ただ…「がんばったね!」と。「よくやった、すばらしい挑戦だ、わたしはあなたを誇りに思う」と。
 それが、封印されたメッセージ。みんなが、命がけで守った約束のメッセージ。数々の預言者たちがバトンを繋いで来たエネルギーです。
これまで、欧米人がどうしても受け取れきれなかったメッセージ。危険を感じて本にできなかったメッセージ。アセンションに、もっとも必要なメッセージ。
このメッセージを実感できたら、この世界をコントロールすること(シナリオを書き直すこと)ができます。
 実は…「まったく新しい神の契約」とは書きましたが、この情報、私は子供のころからすでに知っていてあまりにも当たり前のことだったので、本当の神との約束ではないかもしれません。宝蔵石の所でエネルギーを読んだだけですし。
ですが、宇宙の中心のエネルギーからのメッセージであることに変わりはないので、情報としてどこかに残す必要があるため、ここに書き出しておくことにしました。
 桜*さゆりさんから伝えてもらった名称「剣の秘文」「十字架の秘文」では、さらに闇の抵抗勢力への対処までが入っています。
 以上については説明が難しいので、誤解を避けるためネット上での質問はご遠慮ください。セッションなどの対面でお聞きください。説明の難しい話なので、その覚悟のない方には対応できないからです。
 このメッセージと、陰謀者たちの真の役割のメッセージで、抵抗勢力にとどめを刺す(笑)のだと言われています。
弥勒菩薩系と呼ばれている(低い波動の相手でも導くことができる)存在は、抵抗勢力(陰謀者)たちに対応できる能力を持っています。
「愛」の反対語は「無視」ですから、抵抗勢力に対抗することは「愛」でした。それをさらに進化させて、「救う」まで(剣の秘文)をやることになるようです。
最後まで読んでくださってありがとうございます☆
 あらためて感じるのは、新しい価値観というのが松居桃樓師の提唱していた「全員を救う」ことではないかと思うようになった。
「全員を救う」などと言うと難しく考える人がいるかもしれないが、イメージは「地球が一つの生命体だという考え方をすると、例えば、人間一人ひとりが地球の細胞の一個一個だと考えることもできるわけで。
その発想をもとに、今度は自分の身体を一つの世界として考えた時、足の小指の爪の先や髪の毛一本にいたるまで、細胞の一つひとつに気を配ることができたら(毎日感謝することができたら)、それが全員を救うということになる。
 そういう意味で、スピリチュアルメッセージによくある「自分を愛しなさい」は、「自分に配慮して、ケアしなさい」ということだと考えると、全員を救うことに繋がっているから大事なメッセージなのだと解ると思う。
心身障害児を守る会の北浦会長の「もっとも弱いものを一人ももれなく守る」という価値観にも重なるのではないか…。
 ちなみに、メッセージでは「自分を愛する」は「自分のためにケアする時間をとる」ということで、たとえば歯を一本一本磨くとか、そういう所から始まるのだという。
時間に追われた生活をしていると無理かもしれないが、人の価値観は5歳くらいまでの環境に洗脳されているとも言われるので、その「時間に追われている生き方」は、一体誰の価値観なのか?に気づくべき時代がきたのだろう。
 松居翁といえば、彼の教えの「真理というなら、宇宙の始まりから終わりまで一貫していなければならない」という姿勢が、これからも重要になっていくと思う。
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